Tokyo
Van Life

井口佳亮のバンライフ

  • 2017.12.7
  • TEXT SHOGO JIMBO
  • PHOTOGRAPH YUYA SHIMAHARA

世界中を旅して行き着いた先
バックパックひとつで世界一周の旅へ繰り出したのは大学を中退した20歳の時。西回りで地球を一周し、ちょうど1年が経った頃、井口佳亮はニューヨークに辿り着いた。日本でバイトして貯めた資金はついに底をつき、ダウンタウンのバーで皿洗いの仕事につく。すると、バーの店主に気に入られ、60年代のヴィンテージ、ライカを譲ってもらう。この瞬間から写真の虜になる。そもそも写真はもとよりフィルムカメラの知識なんて皆無だった井口さんは、ソーホー周辺の暗室やラボを出入りして独学で習得。その後、ニューヨークを離れてからも世界を転々とした後に日本へ本帰国。ただ帰国して仕事についてからも旅への欲求は消えず「いっそ家にタイヤがついていれば、家ごと旅ができるのに・・・」と、モーターホームでの生活を夢見るようになったとか。そんな彼が行き着いた先は、型落ちのコーマシャルバンを自らDIYでキャンパーにカスタムしておくる“バンライフ”。フォスター・ハンティングトンのインスタグラムで一躍、有名となった『Van Life』を彷彿とさせるライフスタイルを実際に、今、都内で行っている。

いつもダッシュボードには、NYで勤めたバーの店主から譲り受けたヴィンテージ、ライカが井口のさんのバンライフを共にする。カメラの下には、次なる旅の目的地アフリカを目指し、スワヒリ語を習得するための書籍がみえる。

住み込みで働いて習得したこと
バン探しは半年ほどかけてネット検索で発見。絵に描いたようなオンボロなメルセデス・ベンツのパネルバンを大阪郊外にある中古車ディーラーで見つけ、すぐさま東京から新幹線に乗って見に行き、その場で購入を決意。ボディあちこちに空いた穴の補修や日常使いとなることを考えると、もしもの時の修理方法やメカニズムを習得すべく、しばらくの間、整備工場で住込みで働かせてもらうことに。こういった行動力は世界中を旅してきただけあって流石な展開だが、さらに驚くべきことは、この時、井口さんはまだ自動車免許を持っていなかったという。

急遽、工場から最寄りの教習所に通うこととなり、日中は整備工場で働き、それ以外の時間はバンのリペアに集中。さらに空いた時間は教習所に通い、目の前の目標に向けた充実した日々を過ごしていたそう。あちこちが錆びて穴だらけのボディは、すべて穴埋めをし、エアサンダーで削る日々を続けること半年。新車のクオリティーとは程遠かったが、ツギハギな感じがむしろ気に入ってしまい、あえて補修箇所は塗装はせずにそのままの状態に。居住スペースとなる車内には、テークル式の折り畳みベッドやウォータータンクとダブルシンクをDIYして、最低限の生活ができる仕様へ。さらにそこへライカのフィルム引き伸ばし機を設置して、ようやく現像ができるようになったのは2016年の暮れ。まだ免許取り立ての身ということもあり、マニュアルのベンツのバンを高速でエンストしながらも大阪から東京までを難なくロードトリップ。遂に井口佳亮の東京バンライフが始まった!