GRSの新たな挑戦
幅広い視点でグローバルなモビリティカルチャーに対して好奇心旺盛であることには自信を持っているが、香港の GRS を率いる ケンジ・ウォン さんらのモチベーションとスピード感には驚かされることが多い。香港の九龍(クーロン)を拠点に世界に向けて発信する彼らの活動マインドには、“From Kowloon to Tokyo” という大きなキャッチコピーがある。これまでにも数多くのファッションストーリーやプロジェクトを展開してきたが、いつにも増して真剣な眼差しで相談を受けたのは、2024年の夏の日のことだった。我々のスタジオへケンジさんが連れてきたのは、マシューとディッキーの2人。ともに自身のクラシックカーでレースを楽しむ香港のクリエイターだった。マシューは真っ赤なランチア・デルタ。ディッキーは今や希少なトランスアクスルのポルシェの最終形、968クラブスポーツに乗っているという。2人とも香港でサーキット走行を楽しんでいる(とはいえ、香港にはサーキットがないため、中国本土にて)。そんな2人が愛車を船に載せ、筑波サーキットで行われるタイムアタックに挑戦するという話だった。実際に東京へ車を持ち込んだ際には、サポートして欲しいという相談だった。我々はそこまでレーシングプロジェクトには力を入れておらず、どちらかというとライフスタイルの中でのモビリティの価値にフォーカスしてるので、出来ることは限られるかもしれないといったことを回答した記憶がある。一方で、もしも本当に日本へ車を持って来れるなら、喜んで協力するよとも伝えた。それから数ヶ月たったとある日。2024年も暖冬ではあったが、ようやく肌寒く感じられてきた11月頃、ディッキーからポルシェ968が輸送コンテナの中に載せられた画像が送られてきた。それをみた瞬間、一気にこのプロジェクトが動き出したことを実感したのだった。

香港のナンバープレートのまま東京を走る
香港と日本までのエアチケットは、新幹線のチケットとさほど変わらないほどだからか、香港の彼らは頻繁に東京へやってきた。GRSのケンジさんとは東京の友人よりもよく会うようになり、お互いのプロジェクトを常に共有するようになった。ディッキーとマシューは日本へ上陸後、香港のナンバープレートのまま東京を彷徨う謎な存在として密かに話題になっていた。通称、カーネーション制度と呼ばれる関税免除で1年間まで有効な海外のナンバープレートのままで国内を走ることができる制度があり、ここ最近、海外のナンバープレートのままで走る車をみかけるのはそのためだ。ディッキーたちは2月に行われる筑波のタイムアタックの本番まで、自走でサーキットへ向かい練習走行に励み、空いた時間は存分に東京ライフを楽しんでいた。本番前に我々もディッキーたちの腕前を確かめるべく、筑波サーキットの走行会に足を運んでみた。いつもひょうひょうとしているディッキーではあったが、トラック上でみせた彼の走りは、ダイナミックそのもので、ダンロップコーナーを駆け抜けていくトランスアクスル・ポルシェの後ろ姿には思わず鳥肌がたった。
予期せぬアクシデントとレース本番
ディッキーは順調に目標タイムに向けて記録を更新していたが、レース本番前日の練習走行で最終コーナーにハイスピードでクラッシュ。その模様は動画をご覧いただきたいが、幸いにも本人に怪我はなく、マシンも致命的なダメージを免れた。しかし、レース本番当日ということもあり、十分なリカバリーができないまま挑戦することとなった。
当日の朝、埃まみれのポルシェ・968を見た瞬間に、何かトラブルが起きたことを我々は察知した。ディッキーたちのレース活動をサポートしていたケンさんによると、タイヤの空気圧を遠隔でチェックするバルブが遠心力で抜け、フロントタイヤの空気圧が急変したことでコントロールを失った可能性が高いとのことだった。クラッシュにより右フロントサスペンションにグラつきが生まれ、レース続行が危ぶまれたが、ディッキーの強い意志によりタイムアタックを決行。香港と東京の仲間たちが見守る中、目標タイムには届かなかったものの、不調のマシンながら1秒差の遅れで無事に完走。香港からの刺客として、しっかりと存在感を残した。
九龍と東京のカルチャーを繋ぐ
ディッキーの筑波タイムアタックへの挑戦は、〈GRS〉の2025SSコレクションとして具現化された。「SHIT YEAR / GOOD PEOPLE」と題したコピーには、世界では紛争や自然災害が絶えず、平和に過ごすことさえ難しいが、それでも良き隣人がいれば、どんなに厳しい年でも共に乗り越えられるという希望の意味が込められている。本コレクションは、代官山 蔦屋書店のポップアップストアとして先行発売され世界中へと発信された。さらに、我々は香港と東京のカルチャーをつなぐ役目として、オープニングイベントのホストを担当。Mobile SS と minibar MIDORI による《リスニングバー》を代官山T-Siteのパーキングの内で展開し、小粋なドリンクとミュージックセレクトで多くのゲストをもてなすことに成功。ファッションキュレーターのポギーさんやKITHの俣野さんをはじめ、数多くのクリエイティブな関係者が集まり、九龍と東京をつなぐスペシャルナイトとなった。こうして振り返ると、香港から始まったこのプロジェクトは、アジアを舞台にした実写版のキャノンボールのようなプロジェクトだったように思える。きっと香港の彼らは東京にまたやって来るだろうから、さらなる続編を計画せずにはいられない。その時は、ぜひもっと多くの方に参加して欲しい。
Special Thanks:DAIKANYAMA MORING CRUISE, FUTTON, MINIBAR MIDORI, OASIS KYOJU, TATSUYA YOKOSAKA, TOKYO BASIC CAR CLUB, TYPE 7, ROUND CAT and more…