BIG FAT

フェルディ・ポルシェと《FAT》再起動

  • 2025.10.24
  • TEXT CHRISTIAN GEUECKE
  • PHOTOGRAPH CHRIS BRAVO, LUKAS GANSTERER

見覚えのあるロゴ
往年のレーシングカーで印象深いのは、輝かしい戦績にもまして独特なデザイン性にあるだろう。ひと目でわかるカラーリング。時代を超えて語り継がれるリバリー(※レーシングストライプやスポンサーのこと)。それらは単なる装飾を超えて、マシンのアイデンティティそのものになっている。しかし現代のモータースポーツでは、マシンのボディはスポンサーのステッカーで覆い尽くされ、暗号資産をはじめ、配信プラットフォームと、ありとあらゆる企業の広告が連なり、かつてのシンプルで力強いリバリーの面影は薄れつつある。そんな中、2025年のWEC(世界耐久選手権)をみている人なら、あるレーシングマシンに見覚えのあるロゴを発見したはず。ゼッケン99をつけたプロトン・コンペティションの〈ポルシェ〉に大きく掲げられた『FAT International』のロゴ。白を基調にグリーンの差し色が映えるそのリバリーは、まさに90年代の「FATurbo Express」を彷彿とさせる。当時の〈FAT〉は、フランスとドイツを拠点とするロジスティックカンパニーだが、モータースポーツへのスポンサードを積極的に行い、1994年には〈ダウアー・962LM〉でル・マン24時間レースで総合優勝するほどの存在に。しかし、いつしか会社経営難のせいか、あの特徴的なリバリーがレースの表舞台から姿を消していくことになる。そんな〈FAT〉が帰ってきた。クラシックでありながら、どこか新しい。どうもこの復活は、単なるノスタルジーではなさそう。ミニマルで洗練されたその佇まいは、黄金期の〈FAT〉を現代的に映し出す。モータースポーツのレガシーが明確なビジョンを持って生まれ変わったように思えてならいからだ。その訳は、一人の人物による仕業だった。

富士スピードウェイに行われたWECにて

フェルディ・ポルシェが蘇らせた新生〈FAT〉
秋めいてきた雨模様の東京で、フェルディナント・ポルシェ博士の曾孫にあたるフェルディ・ポルシェさんにインタビューする機会を得た。フェルディさんこそが〈FAT〉を再始動させた張本人だ。2023年に〈FAT〉の商標を取得し《FAT International》を復活させたのだが、現在の〈FAT〉はもはや物流会社ではない。レーシングカルチャーを軸に、ファッションやアート、デザインといったクリエイティブな領域を融合させたコミュニティブランドとして生まれ変わった。フェルディさんはその世界観を「モータースポーツ界の“Supreme”のような存在」と表現する。フェルデイが〈FAT〉に目をつけたのは、45年ぶりにオーストリアのツェル・アム・ゼーで復活した『アイスレース』にある。2019年の開催時に〈FAT International〉を再始動するアイデアを思いついたという。あくまで過去へのオマージュでありながら、同じ価値観を共有する人々のプレイグラウンドでありながら、特権的ではなく、むしろ挑戦者としてのスピリットを体現する存在として〈FAT〉は相応しかったのだ。「僕はアンダードッグな立場を好むんだ。」とフェルディさんは語る。

フェルディさんが日本を訪れるのは2度目だが、今回は〈FAT〉公式世界ツアーの一環として。常に彼の根底にあるのは「品質」へのこだわり。フェルディさんが日本で共感するのもその点という。日本では「クラフトマンシップ」や「丁寧なものづくり」に対する尊敬が文化として根付いており、それが社会全体に支えられている。彼の目標は、モータースポーツの裾野を広げること。単に車だけでなく、カルチャーとしてのレーシングをもっとオープンで自由なものにすること。今、フェルディさんは〈FAT International〉の拡大に全力を注いでいる。世界中で〈FAT〉のキャップを被る人を見かけることが、何より嬉しいという。

〈FAT〉が日本で初めて主催したドライブイベント「MANKEI EXPORT HAKONE DRIVE」

「ポルシェとの深いつながりを持ちながらも、今後は他ブランドとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいくつもりだ。〈FAT〉の本質的な部分を失わないためにも。」〈FAT〉のもつ歴史と再定義による共存を象徴するコアプロジェクトとして「FAT Karting League(FATカーティングリーグ)」がある。モータースポーツをもっと身近にすべく、フェルディさんが注力している。モータースポーツへのアクセスを広げるための柱であり、誰でも挑戦できるレースカルチャーを目指している。ヨーロッパ、アメリカを中心に、すでに複数の拠点を展開中。高騰するコストが若手ドライバーの夢を遠ざける中、FATの電動カートは公平な競争を実現する。レーシングスキルの向上を最優先に、予算に左右されないシステムを導入して、他のレースに比べてコストを大幅に削減している。「僕の夢は、FATカーティングリーグからF1ドライバーを輩出すること。それも5年以内にね。」

「どこのカーブランドが一番好きかって?まあ、驚くことじゃないよ。」彼は笑いながらそう言った。日常の愛車は〈ポルシェ・タイカン〉。一方でフェルディさんにとってのドリームカーは、彼でもさえも入手困難な究極の1台として〈ポルシェ911 GT1〉とのこと。一度、乗せてもらった時の興奮は今でも鮮明に覚えているという。〈ポルシェ・964RS〉の軽快なハンドリングやコンパクトなサイズ感もお気に入り。最近では〈911・ダカール〉にも魅了されているとも。建築を学んだバックグラウンドを持つフェルディさんは、美意識と創造力を武器に、モータースポーツを未来へと橋渡しする。〈FAT〉の物語はまだ始まったばかりだが、このムーブメントがどのように進化していくのか注目したい。

渋谷の PEACHES.GARAGE にて、〈FAT〉日本初のポップアップイベントも開催。

Ferdi Porsche(フェルディ・ポルシェ)
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フェルディナント・ポルシェ博士の曾孫であり、往年の氷上レースを「GP ICE RACE」として復活させた後、かつて存在した FAT International(ファット インターナショナル)の商標を取得して、その伝説を継承しながらもモータースポーツを軸にファッションやカルチャーをつなぐ新たな存在として未来を切り拓いている。
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