Hironari
Kubota

根石院 久保田弘成

  • 2024.6.20
  • TEXT SHOGO JIMBO
  • PHOTOGRAPH YUYA SHIMAHARA

規格外のアート
一見、ふざけた作品をつくるアーティストに思われがちだが、久保田弘成さんの作品はどれもエネルギーに満ち溢れている。一度、久保田さんのインスタレーションを体験したり、作品を所有してみるとよくわかることだが、美術の枠に収まりきれない力強さをひしひしと感じさせる。ここ最近は、もっぱら石を立てた《根石(こんせき)》という彫刻作品シリーズを勢力的に発表し続けているが、久保田さんとの出会いは、10年近く前、クルマからエンジンを取り出し、その動力を使ってクルマ自体を回すというとんでもないインスタレーション作品の取材がきっかけだった。最後に拝見したのは「日産・フェアレディZ」それも2代目S130型を回すパフォーマンスを区切りに、現在はその作品は封印されている。
そんな久保田さんと久しぶりにお目にかかれたのは、偶然にも檜原村を舞台にしたアートイベントだった。モバイルSSの実証実験で頻繁に訪れていた檜原村で、人知れず根石を展示している久保田さんに遭遇したのだった。石を集めた作品のことはSNSを通じて知ってはいたが、実際にその作品群を目の前にして驚かされた。クルマを回すパフォーマンスとはスケールこそ違っているが、みなぎるエネルギーがどの作品からも同じように感じ取れたからだった。

継続は根石なり
〈根石〉のはじまりは、男根の形をした石を不意に息子さんが公園で久保田さんに手渡してきたことからはじまる。石に宿る途轍もない生命力を感じとった久保田さんは、それから日本全国津々浦々で自然石を集め始めては、1点、1点、樹脂や陶器で作った“根立(ねたて)”と名付けた1点物の台座の上に石を立てることで、根石という彫刻作品シリーズを確立させる。根石は、ほぼ毎朝、久保田さんが集めてきた膨大な石のストックの中から一つだけピックアップされ、その日のうちにその石にぴったりの根立を考案し、立てる所作を終えてから久保田さんの1日は終わる。まるでピアニストが、毎日、鍵盤を奏でるかのように、今日も久保田さんは石を立て続けている。日々のこうした積み重ねもあって、根石が着実に進化し続けていることが面白い。最初期の根石は、久保田さんの独自のルール設定によって、石を洗うことさえ許さず、石と台座は接着剤で固定していなかったり、台座には着色することさえ許さなかったという。ただ次第に、そのルールは久保田さんの美的感覚によって改定を繰り返し、今となっては、石の造形とカラフルでユニークなシェイプの台座とのバランスが絶妙で、根石ならではの生き生きとした表情を生み出し、力強さの中に繊細さを感じるアートピースへと導いている。

石を売ること
大規模アートエキシビジョン『石を立てる 〜 Standing Stones』は根石に魅了された精鋭チームのサポートによって、コワーキングスペース Village Hinohara をメイン会場に、三軒茶屋のギャラリー clinic と馬喰横山の MIDORI.so gallery にて開催中。1300作品以上にものぼる根石がメイン会場の天井高くまで並び、その迫力はまるで総本山とでもいうべき空間となって来場者を驚かせている。そもそも拾ってきた石を売ることに対し抵抗を示す人もいるが、一方で、つげ義春の『石を売る』を連想させると感心する人もいたりとその反応は様々。遥々、都内や遠方から訪れる来場者も後を絶たない。中でも女性の方が多いようにも感じられるのは、ダイヤモンドが石であるように、根石にはアートピースを超えた何かがあるのだろうか?その価値は会期終了をまじかに順調に高まりをみせている。今や根石は久保田さんの彫刻作品として切っても切れない関係となりつつある。

旧東ドイツの大衆車
本展と連動して我々は久保田さんにクルマに関連した作品制作を依頼することに成功。そこで実現した企画が『TRABANT(トラバント)』になる。かつて久保田さんはドイツでクルマを回すべく、単身、ベルリンに渡独し2年ほど住んでいた。当初はメルセデスベンツやBMWのフラッグシップモデルを回す計画でいたらしいのだが、現地で仲良くなった友人が、久保田さんの作風を知るなり、トラバントを回すべきだと熱心に薦めてくることがきっかけで、導かれるまま中古のトラバントを破格値で入手したという。そもそもトラバントの存在さえ知らなかった久保田さんだったが、旧東ドイツ出身のメカニックのサポートもあって作品制作に集中できたとのこと。
ここで〈トラバント〉について解説すると、通称 “トラビー” の名で親しまれた東ドイツの大衆車だが、共産主義国のクルマとあって、1950年代の誕生からベルリンの壁崩壊までほとんど進化をしていない。大衆車でありながら、新車をオーダーすると納車まで10年近くかかることはざらであり、一度に孫の代まで注文する人もいたとか。当時、壁を隔てた西ドイツでは、最新鋭のモデルを惜しげも無く市場に投入し、世界中に輸出していたことを考えると感慨深い。
3気筒の2ストロークエンジンを搭載したトラバントは、バイクのようなシンプルな構造のエンジンは良かったそうだが、作品制作時に久保田さんを悩ませたのはトラバントのボディ構造だった。屈強な鉄のボディを期待していた西ドイツ車とは対照的に、東ドイツ車のトラバントは、FRP(繊維強化プラスチック)できており、80年代のモデル末期には、深刻な資源不足で紙繊維が混ざるようになると「ダンボールでできた車」と揶揄されるようになる。そこで久保田さんは、トラバントを回す上で、シャシーの鉄板に新たに構造を設けることでクリアしているが、意外にも制作時に東ドイツ出身の溶接工の高い技術があったからこそ成し得たとも話す。
満を持して完成したトラバントを回す機会は、ベルリン中心街のアートイベントだった。その様子は、本文上のYouTubeの映像にてご覧いただきたいが、ふんどし姿に日本から持ち込んだ街宣スピーカーからの大音量の演歌が会場内を包み込み、謎の日本人、久保田弘成が高速で緑色のトラバントを回転させている。そんなインスタレーションを一目でも見た来場者は、思わず立ち止まり、唖然とする者もあれば、耳を塞ぐ子供の姿も見受けられる。誰しもその違和感に最初はぎょっと身構えてしまうが、次第にその光景に慣れてくると思考は吸い込まれていくかのように停止して動けなくなるだろう。高速で回るトラビーをみて、涙する東ドイツ出身者もいたという。久保田さんのパフォーマンスを生で体験して、無反応でいれるはずはなく、誰しも心の奥に眠る感情に揺さぶりをかけてくる。

トラバントをモチーフにした最新作。右端の作品は1点限りの「手回しトラバント」。

トラバントをモチーフにした最新作。右端の作品は1点限りの「手回しトラバント」。アートオークションにて高値で落札。

車を立てる
「石を立てる」展のサブ企画的な位置付けの本展『TRABANT』では、これまでの久保田さんの軌跡を感じれるようクルマを回してきた過去の関連作品を展示するだけでなく、根石を経て辿り着いたクルマを立てた新たな彫刻作品が、10点限定の特別仕様となって誕生。さらに白い実寸代のトラバントの作品は、ベルリンから日本へ持ち込まれた実車を基に、数年前に制作してあった作品を特別に展示販売中だ。見た目よもり随分と軽く、独特な存在感を放っており、購入者が希望するであろう次なる目的地まで記録映像を撮影する特典も用意されている。その他、東ドイツのライセンスプレートや実車のトラバントから摘出したウィンドウレギュレターハンドルの関連作品に加え、最大のトピックはミニカーサイズではあるものの「手回しトラバント」なる作品では、時を超えて久保田さんが手でクルマを回す場面も実現。本作はVillage Hinoharaの特別アートオークションによって高値で落札。我々としては、いつの日かまた実車のクルマを回してくれる日を切に期待しているが、本展の根石をきっかけに、今後もさらなる広がりをみせてくれることは間違いないだろう。根石院こと久保田弘成がさらなる境地に辿り着くことに注目したい。

久保田弘成
美術家
1974年長野県諏訪郡生まれ。武蔵野美術大学大学院美術専攻 彫刻コース修了。土地の歴史や風土を反映させた、自然崇拝的祭礼を原型にし、車や漁船を用いた彫刻やインスタレーション、パフォーマンスを発表。武蔵野美術大学パリ賞、財団法人ポーラ美術振興財団助成金、文化庁新進芸術家留学制度により、フランス、ドイツにて活動し、ヨーロッパ各地、アメリカ、メキシコ、中国で制作発表を行う。帰国後、大阪、福岡、熊本などで滞在制作。個展開催、グループ展参加等多数。現在、東京在住。〈根石〉では根石院と名乗り作品発表を続ける。

根石院 久保田 弘成 

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