イノベーションを起こすには
「世界を変えようとしたことはあるか?」そう聞かれて即答できる人は少ない。どんな世界かにもよるが、イノベーションを起こす人とはどんな人物なのか?単純に気になる。コーヒーの世界で、常識を覆すプロダクトを世に送り出し続けている人がいる。Douglas Weber(ダグラス・ウェバー)。元、アップルのエンジニアであることを本人はあまり好んではいないが、ダグラスさんが生み出すプロダクトには、アップル製品を手にした時の閃きを感じてならない。特にそれを感じたのは、ダグラスさんが淹れてくれた1杯のコーヒーがそのものだった。既成概念を超えて新たな世界へ導いていく様は、まさに携帯電話が〈iPhone〉へと進化した時と同じ驚きだった。ダグラスさんが何より秀でるところは、高度なエンジニアリングに基づきながらも、それをミニマムに落とし込むデザイン力にある。そのため自身を“デザインエンジニア”と呼ぶ。ダグラスさんと知り合ったのは、クラシックポルシェの相談だった。モノづくりの観点からみて、ポルシェのプロダクトとしての完成度の高さとそのフィロソフィーには、自身のエンジニアリングへの影響が大きいという。そんなダグラスさんが拠点を置く、福岡の糸島を訪ねた。
好奇心の先へ
アメリカ・カリフォルニアで生まれ育ったダグラスさんは、幼い頃からメカニズムへの好奇心が強く、自宅のガレージに転がっていた父親のありとあらゆる機械を分解しては、そのメカの仕組みを知ることに夢中だったという。ダグラスさんの好奇心をさらに加速させたのは、日本からやって来た“田中くん”の存在だった。90年代に少年時代を過ごしたダグラスさんたちは、田中くんが持っていたタミヤのミニ四駆やコロコロ コミックといった日本のサブカルチャーに大いに影響を受けたという。その後、一度はアートへの関心が高まった時期もあったというが、大学で機械工学を専攻してからというもの、本格的にエンジニアリング一筋で現在に至る。大学在学中は、一時、休学して福岡へ留学し、日本企業への就職も考えたこともあったそうだが、卒業後、スティーブ・ジョブス率いるアップルに入社。アップルのオリジナルメンバーとして活躍。アップル在籍時は、どのようなプロジェクトに関わったのだろうか?
「入社してはじめてのビッグプロジェクトは、<iPod Nano>の開発だった。第一世代の iPod Nano の液晶が割れやすかったこともあって、第二世代の iPod Nano はクルマで轢いても割れない強度を保てるように開発し直したんだ。その後に続く<iPhone>の開発では、液晶画面の開発を担当することになったんだけど、そこで日本やアジア圏のモノづくりに着目して、アップルの開発拠点を日本に作ったんだ。その時に開発したテクノロジーは、多くの特許を取得して今もアップルのコア技術になっているよ。」
iPhoneからグライダー開発へ
ダグラスさんがアップルで活躍していた当時、ちょうどサンフランシスコでは、サードウェーブコーヒーのムーブメントが始まっていた。当然ながら、ダグラスさんも朝はサンフランシスコ市内でエスプレッソを楽しんで通勤するライフスタイルが定着していたという。そんな中、自宅でも美味しいコーヒーが淹れられないかと思うようになり、手当り次第、コーヒーマシンを入手しては、子供の頃のように分解していたところ、どんなに評判の高いコーヒーマシンであっても、中身を覗いてみると、まったく進化していないことが一目瞭然だった。アップルの最前線にいたダグラスさんにとって、どれも時代遅れのメカニズムに見えたのは仕方がないことだろう。そうとなれば、納得のできるコーヒープロダクトを作ろうと決心するも、当時、目覚ましく成長するアップルを去ってまで独立するには惜しく、なかなか辞めれずにいた。
そんな中、毎年、発表される新製品への開発スピードとその猛烈なプレッシャーに、次第に疲れを感じはじめたダグラスさんは、次なるキャリアとして Weber Workshops を設立することを決意。アップルで培った技術を使って、新たなコーヒープロダクトの世界を作るべく、人生を賭けた挑戦がスタート。まず最初に取り組んだのは、一切の既成概念に捕われることのない究極のコーヒーグラインダーに着手。ダグラスさん自身も疑問になるほど高額ではあったそうだが、実際のクラウドファンディングでは、コーヒープロダクト史上、最高額を記録。世界一と称されるグラインダーとして、今まさにイノベーションの波の震源地となっている。一体、ダグラスさんのコーヒープロダクトは、何が違うのだろうか?
「機械の作り込みがまったく違う。今までのコーヒープロダクトは、100年前からほとんど進化していないので、その分、プロの熟練な腕が必要。私は飛行機やクルマのパーツと同じ次元でゼロベースで設計し直している。何を解決したかたったかというと、いかに正確に究極の1杯を自分で淹れられるかということ。プロダクトさえ良ければ、プロ級の技術がなくても、美味しいコーヒーが淹れられる。さらに細かい微調整もできれば、再現性を高く維持できるようにしたかったんだ。」
共通するフィロソフィー
ダグラスさんの強みは既成概念がないこと。フラットな視点でコーヒーカルチャーを見つめ直し、今までコーヒー業界で当たり前とされていたことを根本的に変えようとしている。特に我々はコーヒーの世界に詳しい訳ではないが、Weber Workshops から発表されるプロダクトをみていると、確かに目から鱗な点が多い。注目したいのは、ダグラスさんが生み出すコーヒープロダクトは、カフェで見るようなプロユースというより、家庭用で誰もが使えるプロダクトがほとんどなこと。クルマでいうところの働くクルマやレーシングカーというより、憧れのクルマ的な存在だろう。そんなダグラスさんは、最近、長い間、憧れだった1台のポルシェを手に入れ、日々、影響を受け続けている。ケアさえすれば半永久的に愛用できる設計思想は、ポルシェのモノづくりと相通ずる点が多いという。ポルシェのどんなところに惹かれるのだろうか?
「生まれて初めて買ったクルマは、ボロボロなフォルクスワーゲンの バハバグ だった。その頃からポルシェはずっと憧れだった。ビートルもポルシェもクルマとしての“匂い”が同じ気がする。ようやく、みつけた80年代のポルシェを手に入れたんだけど、30年以上も昔のクルマなのに、今でも十分に楽しめることに驚かされる。もちろん、オイルやメンテナンスは当然なんだけど、80年代のプロダクトでありながら、今でも本気でドライブを楽しめることは素晴らしいと思う。まったく色褪せていないし、デザインにしたって、この独創的なフォルムが織りなす曲線美は、何度、見ても飽きることがない。幼い頃から脳裏に擦り込まれたものかもしれないけど、ドアを閉めた時の重量感だったり、完成度の高さをいつも感じるよ。」
クラシックポルシェの未来
次世代のコーヒープロダクトを次々と世に送り出しているダグラスさんではあるが、次なるフィールドとしてポルシェのカスタムパーツを視野に入れている。聞けば、Weber Workshops のプロダクトをオーダーした人の多くは、ポルシェオーナーが多く、新たな可能性を秘めている。そもそもダグラスさんとの出会いを思い返せば、OZ MOTORS を通じたポルシェのコンバートEVの相談がはじまりだった。当初は、以前から所有するナローポルシェをEVにコンバートする計画だったが、腐食に弱いボディということもあって、新たにナロー世代以降の911を一緒に探していたところ、グッドコンディションなタルガをアメリカにて発見。まだ日本へ来て、さほど時間は経っていないが、風光明媚な糸島エリアでドライブを楽しむダグラスさんをみていると、コンバートすることはなさそう。むしろ当初の構想に戻り、930の乗り味をナローポルシェをEVにコンバートすることで再現したくなってるのではないかと思える。それはまさに、アップル時代にコーヒーの未来を見出したように、今、クラシックポルシェの新たな楽しみ方をダグラスさん独自の視点で見つけ出してくれるかもしれない。新たなイノベーションに期待しよう。
ダグラス・ウェバー
Weber Workshops ファウンダー
カリフォルニア州出身、福岡市糸島在住のプロダクトデザイナー。大学卒業後、アップルのデザインチームのエンジニアとして活躍し、スティーブ・ジョブスと共にiPod NanoやiPhoneの開発に携わり、日本やアジアのモノづくりに着目し、日本にアップルの開発拠点を開設。その後、2014年に「Weber Workshops」を設立し現在に至る。
Weber Workshops
https://weberworkshops.com