Wonder
Vehicle

ヤノベケンジの走る彫刻

  • 2023.3.14
  • TEXT SHOGO JIMBO
  • PHOTOGRAPH TOMOHIRO MAZAWA

メカな彫刻作品
現代美術作家 ヤノベケンジ は90年代にいち早く日本のサブカルチャーを美術の文脈に置き換えたアーティスト。ヤノベさんの作品はいつもメカな要素が盛り込まれているのと、とにかく巨大だ。もともとヤノベさんのクリエイションのルーツには、幼少期に大阪万博跡地で過ごした廃墟と化したパビリオンを遊び場にしていた点にあるという。どこか奇妙でユーモラスに満ちた作品は、機械彫刻作品として国内外からの評価が高い。そんなヤノベさんの最新作《SHIP’S CAT Speeder(シップス キャット スピーダー)》は、不思議なクルマの作品。一見、オートモーティブな発想からかけ離れた造形でありつつも、実車を前にすると何処かでみたことあるかのうような錯覚に陥る。なかでも今回の作品は、実際に走行が可能で、しかも日本の厳しい国土交通省の車検をパスして、ナンバーを取得している点に注目したい。これまでにも気鋭作家のアートカーや奇抜なコンセプトカーは数あれど、これほどまでのアートカーは、類を見ないだろう。

左から)Giant Torayan (2005) Photo by Seiji Toyonaga、Sun Child No.3 (2012) photo by Junichi Fujiki

クリエイティブとエンジニアリングが融合
ヤノベさんは、現代美術家であり京都芸術大学の教授でもある。特にその存在を知らしめているのは、全学科の学生が参加できる<ウルトラファクトリー>という工房を主宰していること。そこではトップクリエイターや最先端の技術をもつ企業が出入りした実験的な場として認知されている。本作の制作舞台となったのも、もちろん、<ウルトラファクトリー>だ。遡ること2017年のこと。同じく京都を拠点とする GLM との出会いがきっかけになったという。GLMは、EVをはじめ、志の高いエンジニアが集結したカーカンパニー。GLMのクルマ作りのノウハウがあれば、まったく新しい芸術作品を世に送り出せると確信したヤノベさんは、ウルトラファクトリーを率いて、制作に取り掛かる。その制作過程は、スライドのキャプションよりご覧いただきたい。

ヤノベさんが最初に描いたドローイング(2017年)。“空飛ぶ絨毯”がコンセプト。

どうやって浮遊する?
ヤノベさんのスケッチからも分かるようにキーコンセプトは「空飛ぶ絨毯」。浮遊するように走ることが最初のアイデアだったというが、果たしてどうやって実現するのか? 流石に、GLMにもその解決策はないだろう。そこで、ヤノベさんは、得意とするサブカルチャー的な要素を作品に落とし込むことに長けてるだけあって、70年代の特撮技術に着想を得る。映画『スター・ウォーズ』に登場する浮遊して走るモビリティ「ランドスピーダー」は、ボディ下部を鏡面仕上げにすることで浮いてるようにみせていた。そんなユニークな特撮技術をヒントに、本作もボディの下半分を鏡面仕上げによって、浮遊させた効果を再現。前後のホイールにはタイヤを隠す為に特徴的な形状のスカートで覆われている。どことなくレトロフューチャーな印象を感じるのは、丸目のヘッドライトやメタルパーツを多用したディテールに加え、ボディのグラフィックを、「虫メカ少女」で知られる PALOW. が往年のレーシングカーのデザインをイメージして表現しているからだろう。

クルマは彫刻作品になり得る
近年のヤノベさんの代表作《SHIP’S CAT》シリーズは、「船乗り猫」をモチーフにした作品として幅広い層から注目を浴びている。そもそも「船乗り猫」とは、古くから長期航海に出る際に、ネズミの駆除のほか、乗員の癒しとして船上で飼われた猫のこと。ヤノベさんの SHIP’S CAT では、福を運ぶ旅の守り神として、広く親しまれている。本作では、船でなく Speeder に乗って旅するストーリー仕立てだ。そんなヤノベさんのインスタグラムを覗いてみると、いかに注目を集めているか分かるだろう。インスタのストーリーズには Speeder に乗った SHIP’S CAT が次々とフォロワーからポストされている。これほどまでに、多くの人を印象付けているのは、モーターショーのコンセプトカーのように展示されるのではなく、パブリックな場所に突如、現れるリアルが、より作品の説得力になっている気がしてならない。それに特に現代アートやクルマの知識がなくとも、福を呼ぶ縁起物の猫が、浮遊するように走るクルマで現れるなんて、、、。遠い未来でおとぎ話として語り継がれるエピソードとはこういったことなのかもしれない。ぜひその目で確かめてみていただきたい。

Special Thanks: Kyoto University of the Arts