SHINYA KIMURA

孤高の天才バイクビルダー

  • 2016.4.22
  • TEXT SATORU OYAMADA
  • PHOTOGRAPH AMI SIOUX

そんな氏の普段乗りマシンについて伺うと、意外にもトライアンフやヤマハ・SRをカスタムすることなく、ほぼノーマルのままで転がすという。
DSCF1173
「自分のマシンはカスタムなんかしないよ。そんな時間どこにもないし、そのままで楽しいシンプルなマシンがあれば十分」

その言葉の通り、氏のブログを読むとAzusaの街の背後に伸びる数々のワインディングやトレールをアタックする姿が多数見受けられる。日本も今がベストシーズンだから、梅雨入り前にいっぱい乗っておかなきゃと漏らすと、「梅雨かぁ、懐かしいなあ」と苦笑いされてしまった。車検やメーカーの自主規制、様々な制約からおそらく当初は逃れるように、創作の自由を求めてこの地に降り立ったのかもしれない。しかし今はそれ以前に、この渇いた空気と青い空、裏山に続く何本ものトレイル、たったそれだけかもしれないが、ナチュラルでシンプルな生き方をここでは送ることができる、そんな環境こそが氏をさらなる創造へと向かわせる原動力となっているに違いない。こんなセリフはおこがましいかもしれないが、ついに目指すべき先達に出会ってしまったひと時であった。次は是非とも我々も裏山のトレイルをアタックしてみたい。

MOTORCYCLE CANNON BALL -The RACE of the CENTURY-

今秋、1915年製のIndian Twinを駆って、氏は全米を横断するレースに参戦する。氏にとって今回で4回目のチャレンジとなるこのレースは東海岸はNJ州アトランティックシティーを出発し西海岸CA州サンディエゴまでの3400マイル(5440km)を17日かけて駆け抜けるというもの。北海道・最北端の宗谷岬から九州最南端の佐多岬までが2700kmということを考えると、その距離がいかに桁外れな挑戦かがうかがえる。しかもレースの参加は1916年以前にまでに製造されたマシン(つまり車齢100歳以上!)のみに許されるというルール。1915年製ともなれば当然ながら氏にとっても手探りの調整が必要となる。時にその道のオーソリティーにアドバイスを求めるも明確な答えなど誰も持ち合わせていない。

「誰も100年前のマシンをそんな距離走らせたことないんだから、わかるわけないよね。せいぜいパレードランなんかで転がすのが普通の乗り方なんだから・・・」

こんな過酷な条件のレースになんと100台以上もの猛者が集まるというアメリカのスケール感に、今更ながら目眩がする。しかしそんなレースの話を伺っても氏はまるで気負いを感じさせることなく、極めて日常のワンシーンであるかのごとくとても嬉しそうに語ってくれる。やはり生粋のモーター・サイクリストだ。モータ・サイクルに接していられる人生が楽しくてしょうがない。言葉の端々にそんな気持ちの表れが感じられたのだ。

www.motorcyclecannonball.com

※ここに登場するガレージは工房であり作業場であってショールームやショップではない。くれぐれも事前アポイントのない突然の訪問はご遠慮願いたい。

MAIL MAGAZINE