カナリア諸島の気鋭アーティスト
大西洋に囲まれ、火山が生み出した島・テネリフェ。カナリア諸島の地で DIEGO IZQUIERDO(ディエゴ・イスキエルド)は、現代アートとデザインにカーカルチャーのエレメントを自然に結びつけた独自の世界観で表現している。ディエゴは故郷を「ヨーロッパのハワイ」という。年間を通して降り注ぐ陽射しがダイナミックなこの島の風景は、まるでハワイの火山のよう。そして何よりも、今なおヴィンテージカーが日常の足として走り続ける、他にはないカーカルチャーが息づく場所という。「ここでは今でも、W123のメルセデスベンツやフォルクスワーゲン・ビートル、BMWのE30が普段の移動手段として街を走っています」とディエゴは語る。そんな環境が、彼自身のアイデンティティとなった。ガソリンの匂い、ひび割れたレザーシートの感触、電子制御とは無縁のエンジン。ディエゴにとって古い車は単なる物ではなく、記憶や個性、そして物語性を宿した存在。テネリフェで生まれ育ったディエゴは、人と車との深い結びつきを身近に感じながら育った。その興味は自動車だけに留まらない。デザインやグラフィック、そして強いフィロソフィーを持って生み出されたプロダクトに、幼い頃から惹かれてきた。現代的なデザインやヴィンテージカルチャーの熱心なコレクターでもあり、自宅には椅子、照明、書籍、ポスター、腕時計、洋服など、さまざまな時代のコレクションが並ぶ。一つひとつに存在する意味があり、それらが彼自身の世界観を形づくっている。「魂を感じるものが好きなんです」と彼は言う。「フィロソフィーを感じるデザイン。長く使われることを前提につくられたものですね。」彼にとってコレクションとは、高価なものを所有することではない。自分を刺激し、創造力をかき立ててくれるものに囲まれて暮らすこと。彼は幼い頃にADHDと診断された。当時は周囲の世界に馴染めず、自分の居場所を見つけられない感覚を抱えていた。しかし今では、それを障害ではなく、自身の創造性を支える大きな原動力だと捉えている。彼の頭の中では、アイデアや形、色彩、さまざまなつながりが絶えず巡っている。かつては生きづらさの原因だったそのエネルギーは、今では作品を生み出すエンジンとなった。「夜通し制作することもあります。完成形が目の前に見えるまでは眠れないんです。眠りにつく瞬間にアイデアが浮かぶことも多く、そのたびに起き上がって形にします。」ディエゴは流行を追うことも、評価を求めることもしない。「僕にとって成功とは、自分が誇れるものをつくること。学生の頃からずっと、それだけは変わっていません。」彼の作品はすでにポルシェやType7、EVO、CEPSA、Hypertrashなどでも取り上げられている。しかし彼自身は、何か一つの肩書きに収まることを望んでいない。「アーティストでも、車好きでも、何と呼んでもらっても構いません。ただ、パッションを感じるものをつくりたいだけなんです。」

彼の歩みは決して順風満帆ではなかった。学生時代は自分の居場所を見つけられず、常に周囲とズレている感覚を抱えていた。転機となったのは、サンタ・クルスで上級イラストレーションコースに合格したことだった。そこで後に妻となるベアトリスと出会い、アートへの情熱と強いこだわりや、そしてカーカルチャーへのパッションを融合させた現在の活動が始まる。創作だけで生活できるようになるまでは、数多くの仕事を経験してきた。映画『ジェイソン・ボーン』の撮影現場で交通整理を担当したこともあれば、アンティークのディーラー、看板のペインター、壁画アーティストとして働いたこともある。そうした経験のすべてが、彼独自のビジュアルランゲージを形づくっていった。現在はコラージュ、彫刻、ペインティング、そしてクラシックカーを軸に活動している。「今ではこれが僕の本業です。」彼の創作の原点はグラフィティだった。2007年、一冊の雑誌と一本の青いスプレー缶からすべてが始まる。「近くの壁を見つけて、とにかく描き始めました。」やがてテネリフェのアンダーグラウンドなグラフィティシーンに深く関わるようになり、トンネルや廃工場、人の忘れた空間に作品を描き続けた。「誰かに気に入られるためじゃない。空間を自分たちのものにして、表現することがすべてでした。結果なんて気にしていませんでした。」その生々しいエネルギーは、今も彼の中に残り続けている。2017年、地元のグループ展に参加した際、自身の名前で初めてクラシックカーを描いた。「あれが転機でした。それ以来、車は僕の作品の主役になりました。」彼の作品には、ポップアート、シュルレアリスム、そしてカーカルチャーが常にどこかに共存している。まるでルネ・マグリットの世界と、オイルに染まったガレージの床が交差するような表。キャンバスも自ら制作し、アクリル、スプレー、パステル、金箔、段ボール、グラファイトなど、さまざまな素材を用いている。ディエゴが追い求めるのは完璧さではない。感情である。アトリエもまた、単なる制作場所ではない。人生を通して集めてきた車のパーツやドローウィング、さまざまなオブジェが並ぶ、彼自身を映し出す空間となっている。

ディエゴのガレージには、1986年式の〈ポルシェ・924S〉がある。944仕様のボディキットを纏い、もともとはホワイトだったボディはガーズレッドへ、ブラックだったインテリアはグレーへとカスタムしている。この個体は長年レースで使われていたこともあり、オーディオやエアコンといった快適な装備は何ひとつ付いていない状態で彼の元へやってきた。「実は、以前乗っていた2010年式のMINIクラブマンと交換してもらったんです。前のオーナーは家から15分ほどの場所に住んでいました。」ディエゴにとってこの924Sは、ガレージに飾っておくコレクターズアイテムではない。晴れの日も雨の日も迷うことなく走らせ、自らメンテナンスをし、アップデートしながら付き合っている。ガレージには、他にも人生の節目となった車種が並ぶ。妻へと贈ったメルセデスベンツのW126。そして、祖父から受け継いだBMW E23。どちらも単なる車ではなく、家族や人生の記憶を宿した存在。ディエゴにとって車とは、移動手段でも投資対象でもなく、人とのつながりや思い出を運ぶ、記憶が宿るものなのである。テネリフェでは、彼は数少ない〈ポルシェ・944〉オーナーによるアンダーグラウンドなコミュニティにも属している。そこには投資目的とする空気はなく、パッションだけがある。互いに工具を貸し合い、部品を交換し、知識を共有しながら、忘れられがちなトランスアクスル・ポルシェを楽しみ続けている。「困ったら助け合うし、問題も一緒に解決します。誰もお金のためじゃない。ただ純粋に好きだからです。」彼が924Sに惹かれる理由はどういった点だろう?「グリップ、ボディライン、匂い、サウンド? やっぱり何よりコミュニティがあるからです。希少価値があるからではなく、類は友を呼ぶように魅力的な人が自然と集まってきます。」彼にとって924Sは、クラシックカーの魅力そのものを体現している。個性、不完全さや、ドライバーと車がダイレクトにつながる感覚。
近年、彼の表現はキャンバスの上だけに留まらなくなった。カーコレクターのためのプライベートガレージにアートを施し、壁や空間そのものを作品へと変えている。そこでは車と建築、グラフィックデザインが一体となり、記憶と物語が宿るアートギャラリーのような空間が生み出されている。最近では、ドイツ・ズィルト島で開催された「PETROSURF」にも参加し、ヴィンテージ ポルシェカルチャーが、サーフィンとライフスタイルが交差するこのイベントは、彼の世界観と理想的に重なり合う場所だった。今後、予定されているプロジェクトのひとつに、レーシングポルシェへのアートワークがある。サーキットを走るマシンに、自身の表現をダイレクトに落とし込む予定とのこと。パフォーマンス、歴史、そしてディエゴ独自の表現を一台の車に集約させる。まさに彼の哲学を体現するプロジェクトと言えるだろう。クラシックカーを愛する多くの人と同じように、ディエゴもカーカルチャーの未来を案じている。電動化が進み、規制が増え、デジタル体験が主流になるなか、人とマシンの関係は少しずつ変わりつつある。それでも彼の答えは、とてもシンプルだ。「ヴィンテージをドライブして楽しみ続けること。そして絵を描いて、壊れたら直して、そしてまた走り続ける。ただ、それだけです。」
Diego Izquierdo(ディエゴ・イスキエルド)
アーティスト
カナリア諸島テネリフェ島生まれのディエゴ・イスキエルドは、現代アートとデザインをカーカルチャーに融合させた独自の表現を追求するアーティスト。グラフィティやポップアート、ヴィンテージプロダクト等から多大な影響を受け、絵画をはじめ、彫刻やインスタレーション作品を発表し続けている。中でも、家具や書籍、時計など、デザインの際立つプロダクトのコレクションには、歴史やストーリー性を持つものへの深いパッションを示している。独特なビジュアルランゲージを確立し、現在もテネリフェ島を拠点に、グローバルなプロジェクトを展開している。
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