国産車にしかない魅力
これほどまでに日本車の奥深さを体現した2台があるでしょうか。日本人に宿るホスピタリティーを塊にしたかのような《トヨタ・センチュリー》は、言わずと知れた国産車におけるフラッグシップであり、天皇陛下の御料車の礎ともなった由緒正しき車。もう1台は、いったい誰が考えついたのかスーパーカーの要素をギュッと小さく軽規格にまで濃縮した《マツダ・オートザムAZ-1》。ただでさえ、スモールカーの車作りには制限や制約が多い中、ガルウィングといったギミック感が満載でありながら、れっきとしたプロダクションモデルとして90年代前半に登場。これも時代といってしまえばそうかもしれないが、バブル前後の日本車には誰にも止めることのできなかった勢いがあったのは事実でしょう。高級料亭の隣に自動販売機が当たり前に存在する東京ならではの街並みのような振り幅は、極めて日本的であり、今、あらためて高く評価すべき車ではないでしょうか。
そんな2台のオーナーは、共にファッションとカルチャーの領域を横断しながら活躍する《Kith》俣野純也さんとファッションキュレーターのPoggyさん。お二人とも新旧の〈ポルシェ・911〉オーナーでありながら、奇しくも同じタイミングでそれぞれ国産車を入手。もはや「JDM」の枠には収まりきらない存在感を放つ2台についてお話しを伺いました。

日本屈指のショーファーカーとして1960年代から現在まで3世代に渡って継承され続けている《トヨタ・センチュリー》。俣野さんの〈センチュリー〉は2代目にあたる。一方、90年代を彩る「軽スポーツカー」として登場した《マツダ・オートザムAZ-1》は、〈ホンダ・ビート〉や〈スズキ・カプチーノ〉に比べて、エキセントリックな存在として異彩を放つ。発売がバブル崩壊後とあって販売台数こそ振るわなかったが、現在はかえって希少価値がある。
今や東京の〈ポルシェ〉シーンを象徴する存在でありながら、お二人がほぼ同じタイミングで国産車に辿り着いたのは偶然ではないでしょう。Poggyさんにとっての出会いは、海外の友人たちとの交流がきっかけだった。日本のファッションやカルチャーに強い関心を寄せる海外のクリエイターたちと接する中で、「なぜ自分は日本にいるのに、日本の面白さを十分に楽しめていないのだろう」と感じるようになったという。そんなタイミングで出会ったのが、かつてマツダが世に送り出した軽スポーツカー《マツダ・オートザムAZ-1》だった。スーパーカーへの憧れを軽自動車という最小単位に再現したかのような〈AZ-1〉は、ガルウィングやミッドシップレイアウトといった大胆な発想を90年代の日本車ならではのユニークさで表現。Poggyさんは〈AZ-1〉の魅力を、映画のコスチュームデザインや日本のポップカルチャーにも重ね合わせている。フェラーリやランボルギーニを思わせるスーパーカーの要素を取り込みながらも、それを軽自動車という小さなパッケージにしてしまう発想。その感覚は、リアルな「ガンダム」をあえてデフォルメした「SDガンダム」や、クールな要素とチャーミングさが共存する90年代特有の空気感に通じるという。
「カッコいいものを、そのまま作るんじゃなくて、小さくしてしまう。その感じがすごく日本っぽいんです。」
実際に〈AZ-1〉を手に入れてからというもの、その小さな車体による取り回しの良さとノンパワステによるダイレクトなドライビングフィールの虜となり、現行モデルの〈ポルシェ・911〉とは対極にある不便さも含めて魅力的という。レーシングカーさながらのドライビングポジションは、日常が違った視点で見えてくる。Poggyさんは、その感覚をスケーターが街を見る視点になぞらえる。普段歩いている道も、「ここでトリックができるかもしれない」と別の景色に見えてくるように、〈AZ-1〉に乗ると、いつもの東京の街が少し違って見え、ドライブがクリエイティブな瞬間になったという。〈AZ-1〉は、見た目以上に新たな価値観を映し出す車。

一方、俣野さんが〈センチュリー〉を探し始めた理由は実に明快。「とにかく快適な車が欲しかった」〈ポルシェ・964〉をこよなく愛しデイリーユースとしているものの、東京の夏は尋常でない暑さであり、愛犬とのドライブを考えると、もう一台、新たに手に入れる必要があったという。最新モデルにも目を向けたものの、心を動かされる車には出会えず、そこで「国産車で最高級の車は何だろう?」と考えた末に辿り着いたのが〈センチュリー〉だった。およそ1年ほどかけて理想の個体を探し続け、最終的には第二世代モデルにあたる〈センチュリー〉を関西のオーナーから譲り受けた。まず手に入れて驚いたのは、その圧倒的な快適性。V12気筒エンジン特有の、その滑らかなフィーリングはどこまでも穏やかで、ロングドライブでもまったく疲れを感じさせない。その価値を最も正直に証明してくれたのは愛犬の反応だという。〈ポルシェ〉では空冷エンジンの音や振動に反応してドライブを一緒に楽しんでいる様子だが、〈センチュリー〉に乗るとすぐに深い眠りにつく。「本当にずっと寝ているんですよ」と俣野さんは笑いながらそう話す。さらに、あえてリアガラスに装着したレースのカーテンもお気に入りのポイント。今となっては日本車にしか見ることのないクラシックな仕様。その発想は日本的なおもてなし精神のあらわれであり、周囲からの反応も上々で、もっとも、唯一の悩みがあるとすれば「みんな後席に乗りたがること」。〈ポルシェ〉であれば助手席のはずが、〈センチュリー〉に同乗する人は皆、自然と後席へ向かう。それほどまでにリアシートは特別な空間。俣野さんにとって〈センチュリー〉は、時として、友人をもてなす格好の存在でもあり、単なる移動手段を超えた新たなパートナーともいえるでしょう。
対照的であり共通でもある
海外から日本車への評価が高まる今だからこそ、私たち自身が日本を見直したいという感覚。〈AZ-1〉の魅力は、日本人特有の自由な発想と編集感覚にある。スーパーカーに憧れながらも、そのまま真似るのではなく軽自動車という日本独自の制約の中で再解釈してしまう。そこにはリスペクトとユーモアが共存する。一方、〈センチュリー〉は、長年磨き上げてきたホスピタリティを結集し、スピードを求めた走行性能ではなく、日本の公道でいかに快適に過ごせるか。その一点を極限まで追求した先に生まれた乗り心地と、控えめなデザイン性は欧州車とは完全に異なっている。憧れだった〈ポルシェ・911〉という一つの到達点を経験した二人が、いま改めて日本車に惹かれているのも、そうした魅力があるからなのだろう。世界中が「JDM」として日本車を再発見している今、その魅力をもっと見つめ直すべきなのは、我々、日本人自身なのかもしれない。〈センチュリー〉と〈AZ-1〉という究極の2台から読み取れる日本車の振り幅こそが、日本の面白さを物語っているのではないでしょうか。




















