ミラノのランエボ
とあるミラノ在住のイタリア人オーナーが所有する1998年式の〈三菱・ランサーエボリューションV GSR〉。「パルマレッド」と呼ばれるヨーロッパでは希少なボディカラーをまとった右ハンドルの日本仕様。90年代の国産スポーツカーが持つ独特なデザイン、メカとしての個性、そしてラリーとの密接なつながり。その魅力を備えた1台である。角張ったボディや張り出したホイールアーチ、特徴的なプロポーション。〈ランサーエボリューション〉の歴代モデルのなかでも、特に印象に残っているのが「エボリューションV」だろう。ワイド化されたトレッドと力強いボディ、存在感のあるリアウイング。それらを備えながら、基本的にはコンパクトな4ドアセダンの姿を保っている。ラリー由来の機能性と、日常でも使える実用性が同居している。特に「GSR」は、ターボエンジンとフルタイム4WDを備えた高性能車でありながら、特別な競技車ではなく、公道を走るためのモデルでもある。一般的なセダンのシルエットの内部には、モータースポーツで培われた技術がふんだんに詰め込まれている。その関係性こそ、日本のスポーツカーに秘めた魅力の理由のひとつ。カラーコードP85のパルマレッドはホワイトやシルバーといった定番色に比べて非常に珍しく、ワイドなフェンダーやエアインテーク、リアウイングの造形をいっそう際立たせている。オーナーが調べたデータによれば、パルマレッドの「エボV GSR」は160台。「RS」は20台。希少性は確かに魅力だが、オーナーにとって大切なのは単なる台数や将来的な価値ではない。ほかでは見つけにくいディテールを備え、車そのものが歴史を語るような存在であること。オーナーがこの個体を手に入れたきっかけは、2021年式の〈トヨタ・GRヤリス〉との交換にはじまる。〈GRヤリス〉も紛れもないラリーカーの血統に違いないが、現代の技術で高い性能を実現した〈GRヤリス〉に対し、〈エボV〉には、さらにダイレクトでメカメカしい運転感覚がある。日本市場向けに生産された〈エボV〉は、走行距離は約17万7,000km。すでにレストアも行われていたという。
〈エボV〉が登場した1998年は、《三菱》にとってラリーの歴史に残る年。《三菱》は『WRC』のマニュファクチャラーズタイトルを初めて獲得し、トミ・マキネンもドライバーズタイトルを3年連続で手にした。〈エボV〉はシーズン途中のラリー・カタルーニャで実戦投入され、ワイド化されたボディやトレッドなどの改良によって競争力を高めた。当時、『WRC』が新しいワールドラリーカー規定へと移行するなか、《三菱》はグループAの規定に基づく開発を続け、市販車と競技車のつながりを保っていた。その背景は、〈エボV〉のスタイリングにも表れている。フェンダーやエアロパーツは、単に外観を迫力あるものにするためではなく、性能を高めるために採用されたもの。デザインと機能の関係が複雑化した現代の車と比べ、90年代のスポーツカーには、競技で求められた性能が市販車の姿にもしっかり反映されている。エンジンは、最高出力280PSを発生する4G63型2リッター直列4気筒ターボ。5速マニュアルトランスミッションとフルタイム4WDを組み合わせ、〈ブレンボ〉のブレーキや後輪左右のトルク配分を制御する「AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)」も採用している。こうした技術が一体となり、〈エボV〉ならではの走りを生み出している。
ラリーが生んだスポーツセダン
実際に運転すると、ターボエンジンの特性やマニュアルトランスミッションの操作、シャシーの反応が、ドライバーにダイレクトに伝わってくる。スピードだけが運転の楽しさとはいえない。エンジン、トランスミッション、ボディがどのように反応するかを感じながら走ることに意味がある。〈エボV〉は、そうしたドライビングプレジャーを味わえる類稀な車。一方、約30年を経た車をベストな状態に保つには、手間と専門知識が欠かせない。4G63型エンジンの部品は比較的入手しやすいものの、〈エボV〉専用のボディパネルやインテリアパーツ、トランスミッションやAYC関連の部品などは、探すのが難しい。冷却系統やホース、シール類、駆動系、サスペンションなどの予防整備も重要となる。走行距離だけで状態を判断せず、これまでの整備履歴を確認する必要がある。特にオーナーが気にしているのは、オリジナルコンディションを保つこと。日本のスポーツカーはチューニングされた可能性が高く、当時のラリーカーを思わせるカスタムに魅力もあるが、この個体の珍しい仕様を考えると、外観はできるだけ維持しながら、メカニカルな信頼性を確保したい。レストアの履歴も車の歴史の一部だが、すべての部品が工場出荷時のままであるとは限らない。オリジナル性を確かめるには、エンジンやトランスミッション、足まわり、ホイール、内装などを当初の仕様と照らし合わせることが必要になる。これはイタリアにおける日本車の評価の変化も関係している。かつてイタリアでは、日本車のスポーツカーはチューニングカーのベースとして見られることが多く、多くのカーコレクターの関心は《フェラーリ》、《ポルシェ》、《ランチア》といったヨーロッパのカーブランドが対象だった。しかし、ラリーをテレビで観戦したり、雑誌を読んだり、ビデオゲームや映画を通して日本車に憧れた世代が、いまではそれらを所有できる年齢になっている。その結果、日本のスポーツカーは、チューニングカーの素材としてだけでなく、歴史やエンジニアリングの面からも「JDM」として評価されるようになった。オリジナルのボディカラーや工場出荷時の仕様、整備履歴も、その車の価値を判断する重要な要素になっている。〈ランサーエボリューション〉だけでなく〈スバル・インプレッサ〉〈日産・スカイラインGT-R〉〈トヨタ・スープラ〉〈マツダ・RX-7〉など、同時代のカーカルチャーを伝える存在として認識されている。
JDMを受け継ぐ
90年代らしい角張ったボディやシンプルな内装、〈レカロ〉のシート、〈モモ〉のステアリング、アナログメーターといったディテールに惹かれている。〈HKS〉〈ラリーアート〉などのパーツも含め、当時の雰囲気を損なわずに仕上げられた車がオーナーは好みという。いつか日本を訪れ、ファクトリーやチューニングメーカー、4G63エンジンに精通したメカニックたちに会うことも望んでいる。今、〈エボV〉を走らせるのは主にウィークエンドやクラシックカーやヤングタイマーのカーミートに出かけるとき。日常の足として使うよりも、走る機会を選びながら、同じ時代の車を愛する人たちとのコミュニケーションを楽しんでいる。希少性を理由にガレージにしまい込むのではなく、車として走らせることを忘れない。その一方で、消耗部品の入手が難しくなっていることも踏まえ、楽しむことと保存することのバランスを大切にしている。〈エボV〉は単に希少な日本車でも、《三菱》のラリーでの栄光を想起させるだけの車でもない。むしろ、モータースポーツ、エンジニアリング、市販車の開発が密接につながっていた時代を伝える存在だろう。現代のスポーツカーが高い速度性能や安全性、洗練された制御技術を備える一方で、90年代の車には、ターボエンジンの個性やマニュアル操作を通じて、車の動きをより直接的に感じられる魅力がある。パルマレッドの〈ランサーエボリューションV〉を、これからもベストな状態で維持しながら走らせていくこと。日本で生まれたスポーツカーが、遠く離れたイタリア・ミラノでも、その時代の技術と文化を伝え続けている。そのこと自体が、この1台の新たな使命となっている。








